
プログラミング教室を伊那市中央にて開校したのが1年前。にわかにですが、プログラミング教育の関心は日々高まっていると感じます。プログラミングがもたらす効果として挙げられるのは
- 新しいものを生み出す創造的な力
- 自ら学ぼうとする意欲
- 論理的に物事を考える力
- 他人と協力する力
- 距離・量・見込みなどの数量的な感覚
- 物作りの意欲
- 物事を計画的に行う力
- 物事をやり遂げる粘り強さ
- ICTの基本的知識
- 言葉を正確に理解する力
確かにそうなのかもしれませんが、果たしてプログラミングをどう子供に使っていくかを疑問視・迷っている人も多いのではないでしょうか?なんの為にどのようにして子供たちにプログラミングを教えていけばよいのでしょうか?
子供に最初にすべきことはプログラミング?
では、ありません。
体験を通してたくさんのことを取得した上でプログラミングをやるべきです。子供への環境作りのひとつとして
何もない これこそ大事な環境であって、そこから泉の様に湧き出す知恵を子供は持っています。
何でも与えることをしてはならない
のです。何もない時、子どもはボーっとしていますか?ボーっとしていたら熱があるかおかしい時です。たくさんの物を与えると与えられるのを待つ子になってしまいます。
長野県伊那市は、大自然の中にあります。学校の帰り道、川や用水路から流れる水の音。緑のじゅうたんのように一面緑に包まれた田んぼ。風に煽られて木々のザワザワした音、虫の声。都会の子供には絶対にわからない素晴らしい環境が一年を通して子供たちの身の回りにあります。お金でも買えません。
緑々としていた稲が秋には黄金の小麦色になり、重く頭を垂れて実る。収穫し脱穀し、口に運ぶまでたくさんの工程を身をもって体験することが出来ます。この田舎での当たり前は、お金では買うことが出来ない素晴らしい体験です。教科書に載っている写真で収穫の時期を知ったとしても今や1年中米は購入できるわけですから新米の季節と言われてもわからない子も多いのです。
それが必要なのに手に入らないから、わかること。ないからわかる有り難さ。
またある時、「学校の木に登って良いか?」と生徒が先生に聞いてきたそうです。「木は登る為にあるんだよ」と先生。実際に登ったら、降りられなくなったという実際にあった笑い話ですが、都会の子は木に登る事はもちろん、その木自体が学校にないのですから論外ですよね。。。。
プログラミングは、たくさんの事を経験して、その上で行うことです。文科省ではScratchを使うと思われますが、Scratchの操作方法を学ぶのではないのです。
子供たちの未来にしてあげられること
武道や日本舞踊などは背筋を伸ばして姿勢を正すことが当たり前です。不良(抽象的ですが)を思い出してください背筋を伸ばした不良っていないですよね。
少し前ですが、林修先生が「世の中はたくさんの職業があって成り立っている。皆が医者になっても建物も建たないし、食べることさえもできない。その人が得意なことで仕事をすることが何よりだ。しかし、どんな仕事も頭を使い試行錯誤努力していかなくてはいけない。そのためにたくさんの本を読む人間であってほしい。勉強嫌いは人により仕方ないけど、本嫌いはダメだと。知識を豊富に持ち、そこから知恵を使い責任を持ち考え行動する人間になるべき」と話していたのです。
またある時、先生が知り合いのお子さんを食事に連れて行った時、そのお子さんがどんなものでも好き嫌いなく食事ができ、きちんとマナーを心得て、姿勢を正して食事をしていた子供の姿が素晴らしかったと話されていました。つまり家庭での躾けこそがどれほど大切かということです。学校には先生が、学校から出ればたくさんの地域の大人をはじめ、子供のために力を尽くしています。
人間として生きていく上で大切な基盤になる優しさや思いやりその他の豊富な体験や知恵を形成していく上で、最も重要な子供の時期でも10歳までは特にこの体験や家庭での躾けが重要なわけです。その大切なことは、昔も今も同じです。昔からのご先祖様の教えや知恵を感謝し、基本に戻って時代が変わろうと同じ目で子供たちを見守りたいものです。
ですが・・・・↓
50代の私の子供時代とは違う
子供の未来のために大人がやらなければならないことの基本は昔も今も同じだと思いますが、決定的に違うことがあります。それは職業です。私の子供時代はバスに乗れば切符切りのお姉さんがバスの車内にいました。何から何まで人が作業を行っていました。それがワンマンバスという言葉を初めて聞いた時子供ながらに驚きました。そうです、お金を機械に入れると両替してくれる(苦笑。それだけですが驚きました。)
セブンイレブンが出来た時も、母と一緒に買い物に行ってレジに驚いたものです。ピッピッと商品に充てると計算しているんですもの!母は驚いて店員さんに根掘り葉掘り聞いていたのを昨日の様に思い出します。今は全く当たり前のことですが、当時の子供の頃のショックは忘れられません。
それが今はどうでしょう~家の中にボタンがあってそれを押すだけで商品が届く(Amazon ダッシュボタン)↓

ボタンを押すと商品が届く。
時代の流れの速さに驚くばかりです。私の子供のころからみてもずいぶん変わったはずなのに、それよりも比べ物にならないほどこれからの時代は大きく変わると言われているのです。子供たちが社会に出る頃には65%の職業が今にはない職業だということです。
たくさんの今ある職業は人の力を使わずに機械により自動化されていきます。現に車の運転がいい例です。今から5年くらい前にこの機会による運転の話を教室でした時はみなさん驚いていたというより信じていませんでした。今ではコマーシャルで(矢沢さん)ハンドル持たずに運転していますね。それがあと少し経てば「昔は人が運転していたんだよ~怖いねえ」って言うようになるかもしれません。カメラだってその昔は「人の命を奪い取る」って言って怖がられていたわけですから。新しいことはなかなか衝突もありますけど時期に当たり前になります。その変化が加速し、私の子供時代の変化とは打って変わって時代が変わっていくのでしょう。教室でも行っているヒューマンロボットもセンサーを使うとテーブルから落ちないロボット・物にぶつからないロボットがあります。
職業はどう変わる
Iot(Internet of Things, IoT)とは、様々な「モノ(物)」がインターネットに接続され(単に繋がるだけではなく、モノがインターネットのように繋がる)、情報交換することにより相互に制御する仕組みである。
インターネットに繋がったものが当たり前に私達の生活の中で活躍する一方、人の労力に取って代わるため仕事は減る?と考えます。でも、それだけではありません。今にはない別の職業の需要は高まります。それが今から全く足りなくなると危惧されているのです。プログラミングは将来、多いに人手不足?になると見込まれています。特に日本は先進国の中でもその分野で遅れをとっています。小学生にプログラミングをというのは、ただしくは「プログラミング的思考を養う」というものです。少し違います。プログラミング コードを習得するなんて小学生からやるなんてもちろん言ってはいません。プログラマーになる専門的な知識はそのずっと先にあります。プログラミングとプログラミング的思考を分けて考えたほうがいいと思います。好きな子・得意な子は伸ばしていけばよいと思います。でも、わずか一握りになるでしょうけど。そしてあきらかにプログラマーは需要に足りていないのです・・・・

膨大なデータから瞬時に分析するのが得意。
Scratch(スクラッチ)

Scratchに夢中になる娘
「勉強しなさい」や「Scratchやりなさい」と言ったことはありません。ですが、宿題はいわれなくてもきちんと終えてその後は楽しみにしているScratchをやり始めます。本当に楽しいみたいなのです。時間も普段はあまりないので時間で区切ってしまいますが、放置したらずっとやっているはず。写真は的当てゲームのようですね。物語を作ったり、いろいろなものを楽しんでいるようです。
Scratchは、コードを書くわけではありません。↑の写真のようにブロックと呼ばれるものをはめ込んでいきます。ブロックにはたくさんの命令のものがあります。命令はちくいちこまかく指示を出します。とにかく命令は指示通りに動いてくれますが、ちょっとした間違いなどがあっても指示通りしか動きません。そこには理論的に物事を考えていく能力が問われていくのです。
たとえば、何かを持ってきてほしいとします。例として服だったとしましょう。「服を持ってきて」という指示ではわかりません。ズボンだって服だし羽織るコートだってブラウスだってセーターだって服です。だから細かく指示します。さらにもっと必要なのはどこにある服をいつもって来てほしいなどなど事細かに説明する必要があります。ブラシといっても歯ブラシなのかクシのことなのかどこにあるものなのか・・・などあらゆる細かな指示を出す必要があります。
天気予報を見ると昼間はとても暑く真夏日になり、夕立がありそうだ
とした時、出勤する時いろいろな事を考えて服選びをしますね。天気予報では言っていないけど困ったことにならないように念入りに服を選ぶのです。
- 朝は半袖を来ていき
- 昼間運動するような場合は着替えの半袖も用意しておく必要があるのかどうか
- 夕方には雨に備えて傘もいるだろう
- 夜には冷えることを想定して、上着の長袖の用意をする
などなど備えをしますね。
うまく言えないのですがこれをプログラミングでよくいうアルゴリズムです。プログラミング的思考とは論理的に道筋をたて行動できる人間になる為の思考のことです。
どんな事象にも原因があり、それを論理的に判断できて次の行動をとらなくてはいけません。そういう問題解決に向けてひとつひとつ考える リズムのことです。(うまく伝えきれませんが)
子供たちに教えるプログラミングとは、どういうことなのか少し考えてみました。それはScratchの画面の説明やどのブロックをどこから選びどう結んでいくか?という操作手順ではないこと。体験を肥やしにして、アルゴリズムを教えていくことが大切。ということです。
来月東京都中央区八重洲でプログラミング教育の取り組みなどについて発表することになりました。「これだけが正しい」はなく、いろいろな方面の方々と交流しながら今後に役立てていきたいと思います。